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新型うつ病5~治し方、療養中の過ごし方

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新型うつ病の治療に入りますと、まず「ゆっくり休むように」と言われます。
ゆっくり休むとは、眠たければ寝て、無理な事はしないで、まったりと過ごす事です。つまり、『ストレスのない生活』にする、という事ですね。
私の場合の新型うつ病の治し方、療養の仕方をご紹介します。

■治し方
『とにかく心身を休める』
これに尽きます。
あとはどう過ごすか、にかかっています。

■療養の仕方
①薬の副作用で眠くなるのか、はたして疲れが一挙に出て眠いのか不明ですが、眠い時に寝ていました。
→その為、一日の殆どを布団の中で過ごす。
②家事は無理しないで休む。
→夫に家事を協力してもらう。
③仕事を休む。
→休んでも気になりますが、今は休んで元気に出勤できる日を待つ!と、自分に言い聞かせる。

特に挙げられるのは、このくらいでしょうか。

どれも重要ですが、仕事を休職する事はなかなか難しいケースもあると思います。
でも、ここで「分かりました。できるだけ出勤します」では、治りません。
悪化するだけです。
仕事を休むのは後ろめたい気持ちが出てきますが、割り切りが大切です。
そして、休職には以下の制度を利用すると良いと思います。

1 療養休暇(給料の何%かが支払われます。会社の規定によります)
2 休職(給料は一切支払われません)

私は、療養休暇を半年取りきりました。給料の60%が支払われていたので、経済面で助かりました。
その後、休職を一年取り、それでも治らなく、退職をしました。
本当はあと一年休職をして、という話もあったのですが、私の分の人員を、健康な人に正社員で雇った方が、職場も助かるだろうと判断し、また私も気兼ねせず療養に集中できると思ったので、退職に踏み切りました。

■家族の協力
家族に家事の協力をしてもらった方が良いです。
私は夫が食事を作るという事をしてくれ、とても助かりました。
しかし、どこの家庭でも家族の方が協力をしてくれるとは限りません。
ぐだぐだ過ごす人を見て、何で家事くらいできないんだ!? と責めたくもなるでしょう。
新型うつ病にとって、一番難しいのが、『周りの理解』です。
これだけ新型うつ病の患者が増えても、本当の意味で理解できるのは、当事者だけです。
そして、書籍もいくつも出版されていますが、その通りになるとは限りません。
書籍はあくまで参考としないと、余計に戸惑います。

家族の協力を得るには、診察に家族が同席する事が大事です。
主治医からの説明があれば納得する人もでてくるでしょう。
私の場合は、夫が積極的に新型うつ病について勉強してくれたり、主治医との話の時間を作ったり、何より私の心に寄り添ってくれた事が最大の救いでした。

こうして、理解されると新型うつ病との闘病も負担が減ります。
無理をして家事などをしても、決して良くなりません。
周りの理解は本当に難しいです。
私は幸い恵まれましたが、それでも治療に10年以上もかかりました。

■新型うつ病の治癒の方向性
周りの理解が患者を救います。
特に家族に責められる事は辛い事です。
決して本人を責めずに、見守ってあげる事、それが治癒への第一歩となると思います。

新型うつ病は、社会に浸透されつつあるように見えて、実はまだまだです。
偏見の目で見られていると思います。
実際、私も「うつ病だよ」と従来型を装った時期もありました。
そういう理解の難しい病気である事を、認識してくだされば、
少しは患者も過ごしやすくなるのではないでしょうか。

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新型うつ病10~新型うつ病からの復帰

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現在の私はまさに回復期(復帰の手前)です。
仕事への復帰、家族としての復帰など、さまざまな復帰ラインに立っています。
これは、社会の一員として『働く』という事と、私なりに家族の一員として役割を果たすというものです。
これはあくまでも私の考え方となります。

■仕事への復帰(社会の一員として)
私は新型うつ病を患ってからというものの、パートやアルバイトに失敗しています。
その失敗は、主治医のアドバイスを聞かずに「働かねばならない」という焦りの気持ちから生まれたものです。
そして、療養をする事13年、ようやく働く許可をもらいました。
「週に2・3回から」
という条件のもと。
私も過去の失敗から、いきなりフルタイムとは考えていなかったのですが、
毎日3・4時間くらい働きたいという気持ちがありました。
しかし、主治医に条件を提示された今、それを?むしかありません。
今は、在宅で仕事をしています。
PC作業での仕事で、時間と体調に融通が利くという事で選びました。もちろん興味のある事でもあります。
家族、主治医以外の人と関わって、会話をするなんて13年ぶりです。
マイペースにできるという事をうまく活かして、これからも続けていきたいと思っています。

■家族の一員としての復帰
私には子どもはいません。
理由はあるのですが、ここではそれよりも、夫婦としての関係をお話します。

私たち夫婦は、とても仲が良く、お互いを良く理解しているつもりでした。
そこに現れた新型うつ病。私たち夫婦は、大きな波をたくさん乗り越え、現在に至っています。
私が新型うつ病になった時、夫は戸惑いつつも受け入れてくれ、家事(食事作り)をしてくれていました。
そして今、その夫に楽しんで料理を作れるようになりました。
しかも、カロリー、栄耀バランスを考えたものです。
家から全然出られなかったのに、毎日買い物に行っています。
『主婦』を完璧にという訳ではありませんが、私なりに頑張っています。それも楽しんで。
そして、幸せを感じています。
まだ薬は服用中ですが、徐々に減らしていずれ薬なしで色々な事をしていきたいです。
回復期の今、あまり頑張り過ぎてはいけないという現実もあります。
『つけ』がくるかもしれないからです。
とりあえず今は『落ちる』時は殆どなくなったのですが、時々頭痛に襲われます。
それは、『無理をした』というサインだと主治医は言います。
まだ現在の私には、無理の境界線があいまいで、どこまですれば、と思う時もあります。
でも、『精一杯生きる』という事は、とても幸せで充実していて、楽しいんです。
だから私は頑張っています。
そうする事で、私は13年の月日をプラスに変換できると思っています。

■最後に
私は13年を無駄な時間だったとは思いません。
凄く辛い日々でした。命を絶ちたいと思えるほどに。
しかし、主治医との出会い、夫の協力などにより、『支えられる事』というものを学びました。
それは、とても大切な事だと思っています。
お年を召した方を支える、障がいをお持ちの方を支える…そんな社会の在り方を学んだのです。
私の仕事は福祉…支える側でした。
でもその働き方の中には、支えられる側に立った視点を考えていた『つもり』、があったのかもしれません。
新型うつ病になり、なかなか本当の意味での理解を得られるのが難しいという事を経験し、
当事者の気持ちに寄り添うという気持ちは、口では簡単に言えても、
行動に起こすのは難しいのではないかと思えます。

年齢、性別、障がいなどに囚われず、
一人一人の人権・存在を尊重していく社会になれればと願わずにいられません。
新型うつ病は、決して楽しそうな病気ではありません。
生きるのに必死なのです。
どうぞ、そのあたりを理解して頂ければと思います。

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新型うつ病9~家族、友人の対応

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新型うつ病と、家族・友人の対応は、非常に難しい関係になります。
うつ病だと言っても、新型うつ病の場合、元気に見えるからです。
それなのに会社を休んだり、好きな事をしている…どう見ても、仮病にしか見えません。
家族や友人に理解してもらえるケースの方が少ないのではないでしょうか。

■私の夫の場合
夫は労務関係の仕事をしていて、うつ病にも詳しい人です。研修などにも出かけるほどに。
でもその夫にさえ、理解してもらうのに、約2年ほどかかりました。
それほど理解が難しい病気なのです。
当時は新型って何!? という時代だったので、より一層難しかったのでしょう。
そんな中でも、夫はなるべく残業をしないよう(会社とも連携して)配慮してくれ、
そして食事を作ってくれました。
私は時には仕事中の夫に泣きながら電話やメールをして、
「辛い」「手首切った」など、まるで脅すかのような行動をし、大変困らせました。
それでも夫は私を責めず、「病気がそうさせているだけ」と私を受け入れてくれました。
本当に感謝が絶えません。

そして、新型うつ病のテレビ番組があると必ず録画して、一緒に見ます。
「そう、こんな気持ちになるの」など、私は自分の精神状態を伝えます。
そうやって、幾度の山を乗り越えてきました。

■私と友人の場合
もう、これは『悲しい』に尽きます。
新型うつ病になった時、私は友人達に電話をして、「うつになっちゃった~」
とやや自慢気に話したのを覚えています。
何で自慢?と思われるかもしれませんが、どれだけ自分が苦しんできて今の病気があるか、
休んでも療養休暇でお金が支払われるんだよ、などと言ってしまっていたのです。
今思えば、誰でも嫌気がさしますよね。
友人たちも頑張って働いているのに、私は友人たちの気持ちを考えず、自分の事ばかりだったのです。

その結果、皆離れていきました。
今でもそうです。
私の結婚式に来てくれた友人たち全員が、今やいません。
友人に新型うつ病になったばかりの頃の事を謝るメールを送っても、音信不通です。
私はかけがいのない友人という宝を失ってしまいました。

理解してもらえるように、もっと慎重になるべきだった…今そう思っても、後の祭りです。
一度失った関係は修復する事は不可能でした。

そして、今の私の友人たちと言えるのは、ネットで知り合った、うつ病の人たちです。
気持ちを分かち合い、悩みを言い合い、時には励まし、時にはアドバイスをもらったリ…。
それが今の唯一の救いです。
今のこの友人たちを大事にしたいと思っています。
ネットを全て信じ込む事は危険ですが、拠りどころの一つとして考えるのは有りではないでしょうか。
というか、それしか関係が築けません。

■私の両親の場合
初めて私が「新型うつ病になった」と告げた時、
両親は「きつそうに働いていたもんね」とすぐに納得してくれました。
しかし、ちょっとお節介? 心配性? なのか、私を硝子細工のように扱います。
それがたまらなく辛いです。
私はとっくに成人しているし、結婚だってしている。
だから心配されると、自分がどれだけ情けないかと思ってしまうんです。
まぁ、両親だから心配するのは当然かもしれません。理解してくれる両親がいるだけ幸せなのでしょう。
ここが難しいポイントだと思います。

新型うつ病も従来のうつ病も、誰もがいつでもなっておかしくありません。
という事は、理解されなければ、家族も友人も両親とも距離ができ、
最悪別離があるという事が誰にでもありえるとう事です。
うつ病はなった本人にしか辛さが分からない精神的なものだからこそ、
誰もが常に情報を集め、更新していく必要があると思います。
それが患者の為、周囲の人の為であると思います。

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新型うつ病8~症状の経過

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約13年です。
この新型うつ病と付き合ってから。私は職場も家族の協力・理解にも恵まれていました。
なのに、この年数です。
その根底には、『認知の歪み』があります。
私が経験した新型うつ病になったばかりと、今の状況をお話しします。

■職場を療養休暇、休職で休んでいる間
薬の副作用か、それとも体が欲しているのか、ずっと布団の中で眠っていました。
それはもう生活バランスが崩れました。
朝はご飯を食べず、お酒を飲み始め、その後ダラダラと食べ物(お菓子)を頬張り、お酒を飲む。
そんな毎日でした。
家事も外出もできず、かといっていきなりカラオケBOXに行ったり…。
新型うつ病の典型的な感じでした。
何もやる気が起きず、でも、お酒を飲むのが習慣化し、買い物依存症のような状況になり、
お金をお酒と買い物に遣う日々が過ぎていきました。

特にお酒が酷く、主治医からアルコール依存症専門の病院を勧められたほどです。
そして勧められるままその病院に行き、治療をしましょうと言われた瞬間、
私は「嫌だ」と強く思い、治療を今はしないとし、アルコールを控えるように努力をするようになりました。
主治医からは「お酒を飲んでいる間はうつは治らない」と断言されていたのに、
やめられずにいたのに、いざアルコール依存症の病院に言って、現実を見たのです。

■中期
お酒は、土日以外は飲まない、という信念を貫けるようになりました。
ようやく私は「お酒を楽しめる」段階になったのです。そこまでの道のりは辛かったです。

しかし、希死概念はいつまでもつきまといました。
ちょっとしたきっかけ(嫌な事など)があると、すぐに死にたいと泣き、
そのまま過呼吸となり、救急隊員が来る事が続きました。
私は「私を苛めるの。頑張ってるのに責められて辛いの」
などと救急隊員に泣きながらすがり、宥められていました。

お酒を控えるようになってから、生活リズムが作られてきました。
しかし、家事などはできません。しようとすると、頭が絞めつけられるように辛くなるのです。

■後期
仕事をせねばならない。
その観念にとらわれるようになりました。
仕事を「したい」ではなく「せねばならない」です。
そして、実際にパートやアルバイトをしました。
しかし、その時の精神状況では、やはりムリでした。
自分に合わせて勤務を組んだはずなのに、辛くなり、すぐに辞めてしまうのです。
スーパーのレジや、歯科医院の器具の掃除など色々な事をしました。
でも、早くて2週間で辞めてしまい、どん詰まりです。

実は主治医から、今はまだ無理だからと言われていたのに働こうとしたのです。
それは外部(社会)との繋がりを求めての事でした。
また、その時には家に「妻ではなく、居候」という感覚があり、夫に申し訳ないと思っていました。
焦る気持ちから、「働く」という道を早々に選んでしまった過ちでした。

■現在
薬は、朝3錠、夜8錠、寝る前8錠を服用しています。
仕事ですが、在宅で簡単なPCを使った作業をできるようになりました。
快方に向かったのです。
私が新型うつ病から治りそうな今、きっかけとなったのは、一昨年に夫の難病が発覚してからです。
私が夫を支えなきゃ!
そう思ったら、エネルギーに満ち、色々とできるようになりました。
今となっては家事も7割くらいできています。
これは神様からのプレゼント?
そう思いました。
夫と入れ替わりで私の体調が良くなってきたのですから。

しかし、そうは言っても、主治医からは
「大きなストレスがかかると、グーンと落ちるから」と忠告されています。
まだ完全に新型うつ病が治っていないという事ですね。

そんな今、私はまだ落ちる事なく過ごしています。
それは信頼できる主治医がいるという事と、支えてくれる夫がいる為です。
私は恵まれています。
でも、今13年目です。
この長く辛い道のりは、きっとこれからの糧になると思います。
少なくとも新型うつ病の理解があります。これだけでも13年は無駄ではなかったと思います。
新型うつ病も、従来のうつ病と同様に辛いもの。
少しでも様々な人に理解されるような社会になればと願わずにいられません。

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新型うつ病7~新型うつ病と仕事

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新型うつ病になった場合、従来のうつ病と同じように仕事を休んで療養する事が必要となります。
私の働いていた環境…福祉の現場の状況をお話しします。
(※ 以下は新型うつ病と従来型うつ病と同じ内容となります)

■しっかり休む事の重要性
私の職場は福祉の現場でした。なので、余計にしっかり休まねばならないと思いました。
それは、中途半端に休んでも、ストレスが高まり、あまり良い状態にはならないという事です。
私の職場では、うつ病になる人が割と多かったです。
私と同様労組の委員長に集中攻撃を受けたケースや、福祉という現場だからこそありえる
『利用者さんに巻き込まれる』ケースなどがあります。
巻き込まれるケースとは、主に利用者さんに感情移入しすぎてしまうパターンです。
優しい方が多かったです。ですが、これは支援する側としては陥ってはいけない状況です。

特に現場でうつ病になられた方は、労働時間を減らして働きたいという要望が多いです。
自分が現場から離れると、現場が困ってしまうのではないか、
現場が回らなくなるのではないかなど、責任感が強い為にそう思う訳です。

しかし、これは大きな間違いです。
時間を短縮したり、職務を軽減すると、かえって現場が混乱し、大変になるのです。
毎日ローテーションで勤務している為、その日の人数は変えられない。
しかし、うつ病の人は辛い勤務内容から外す…こんな状況になるからです。
つまり…
他の元気な人に負荷がかかる
→その負荷により体調を壊したりする
→結果、現場の職員が突然体調不良で休んだりする
→現場が回らない
という悪循環しか生まれないのです。

なので、現場の人たちの願いは1つです。
『早く元気になって戻ってきて欲しい』
これに尽きます。
うつ病の人が休んでいる間は、パートやアルバイトを雇えるわけです。
そしてそれは現場の人の助けにもなります。

■職場をあまり考えない
休んでいる間は、職場の事をなるべく考えないようにした方が良いです。
確かに、職場が気になります。
しかし、そこで「自分が休んだばかりに…」という落ちこみだけは避けたいものです。

周囲の人も、うつ病の人にはあまり職場の状況を伝えない方が良いでしょう。
もちろん必要な事は伝達しますが。
私もなかなか職場の事が頭から離れませんでした。
「○○さん(利用者さん)は今頃どうしているだろう?」などと気になりました。
なまじ家で寝ている為に、余計に考えてしまうのです。

■会社側の対処の仕方
私がされ、良かったと思う点を挙げます。
1 定期的に面談(患者の要望する場所で)…私は半年に一回の面談でちょうど良かったです。
2 決して病気になった事を責めない
3 あまり励まさない(元気を出したくてもできないのがうつ病なので)
? きちんと休ませる

上記が大きなものとなります。
職場によっては、「今休まれては…」となるかもしれません。
しかし、うつ病は集中力も判断力も鈍り、ミスを招きやすいのです。
そんな状況で働いていても、お互いにメリットはありません。
そして、解雇をちらつかせず、制度、規約を最大限使用して、復帰の機会を設ける事が必要不可欠です。

このように、新型うつ病、従来型うつ病と違いがない対応の仕方があります。
雇う側も、雇われる側も、納得したものにする事が、お互いにストレスがなくなるように思います。
「焦らず」を大切にしていく事が必要です。

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