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新型うつ病8~症状の経過

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約13年です。
この新型うつ病と付き合ってから。私は職場も家族の協力・理解にも恵まれていました。
なのに、この年数です。
その根底には、『認知の歪み』があります。
私が経験した新型うつ病になったばかりと、今の状況をお話しします。

■職場を療養休暇、休職で休んでいる間
薬の副作用か、それとも体が欲しているのか、ずっと布団の中で眠っていました。
それはもう生活バランスが崩れました。
朝はご飯を食べず、お酒を飲み始め、その後ダラダラと食べ物(お菓子)を頬張り、お酒を飲む。
そんな毎日でした。
家事も外出もできず、かといっていきなりカラオケBOXに行ったり…。
新型うつ病の典型的な感じでした。
何もやる気が起きず、でも、お酒を飲むのが習慣化し、買い物依存症のような状況になり、
お金をお酒と買い物に遣う日々が過ぎていきました。

特にお酒が酷く、主治医からアルコール依存症専門の病院を勧められたほどです。
そして勧められるままその病院に行き、治療をしましょうと言われた瞬間、
私は「嫌だ」と強く思い、治療を今はしないとし、アルコールを控えるように努力をするようになりました。
主治医からは「お酒を飲んでいる間はうつは治らない」と断言されていたのに、
やめられずにいたのに、いざアルコール依存症の病院に言って、現実を見たのです。

■中期
お酒は、土日以外は飲まない、という信念を貫けるようになりました。
ようやく私は「お酒を楽しめる」段階になったのです。そこまでの道のりは辛かったです。

しかし、希死概念はいつまでもつきまといました。
ちょっとしたきっかけ(嫌な事など)があると、すぐに死にたいと泣き、
そのまま過呼吸となり、救急隊員が来る事が続きました。
私は「私を苛めるの。頑張ってるのに責められて辛いの」
などと救急隊員に泣きながらすがり、宥められていました。

お酒を控えるようになってから、生活リズムが作られてきました。
しかし、家事などはできません。しようとすると、頭が絞めつけられるように辛くなるのです。

■後期
仕事をせねばならない。
その観念にとらわれるようになりました。
仕事を「したい」ではなく「せねばならない」です。
そして、実際にパートやアルバイトをしました。
しかし、その時の精神状況では、やはりムリでした。
自分に合わせて勤務を組んだはずなのに、辛くなり、すぐに辞めてしまうのです。
スーパーのレジや、歯科医院の器具の掃除など色々な事をしました。
でも、早くて2週間で辞めてしまい、どん詰まりです。

実は主治医から、今はまだ無理だからと言われていたのに働こうとしたのです。
それは外部(社会)との繋がりを求めての事でした。
また、その時には家に「妻ではなく、居候」という感覚があり、夫に申し訳ないと思っていました。
焦る気持ちから、「働く」という道を早々に選んでしまった過ちでした。

■現在
薬は、朝3錠、夜8錠、寝る前8錠を服用しています。
仕事ですが、在宅で簡単なPCを使った作業をできるようになりました。
快方に向かったのです。
私が新型うつ病から治りそうな今、きっかけとなったのは、一昨年に夫の難病が発覚してからです。
私が夫を支えなきゃ!
そう思ったら、エネルギーに満ち、色々とできるようになりました。
今となっては家事も7割くらいできています。
これは神様からのプレゼント?
そう思いました。
夫と入れ替わりで私の体調が良くなってきたのですから。

しかし、そうは言っても、主治医からは
「大きなストレスがかかると、グーンと落ちるから」と忠告されています。
まだ完全に新型うつ病が治っていないという事ですね。

そんな今、私はまだ落ちる事なく過ごしています。
それは信頼できる主治医がいるという事と、支えてくれる夫がいる為です。
私は恵まれています。
でも、今13年目です。
この長く辛い道のりは、きっとこれからの糧になると思います。
少なくとも新型うつ病の理解があります。これだけでも13年は無駄ではなかったと思います。
新型うつ病も、従来のうつ病と同様に辛いもの。
少しでも様々な人に理解されるような社会になればと願わずにいられません。

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